ジャムゥで美しく

Langlang buana

















  ジャワの伝統薬、ジャムゥ

 少し前まではほとんど興味がなかったのに、最近とみに気になるようになったのが健康&美容食品。それまでも、いろいろケアしないとマズイと感じていたものの、無頓着だったとでも言いましょうか。しかし、いよいよそれなりの年齢になると、体もお肌も、何とかしてくれないと困ると訴えてくるようになったのです。そうなると、 ついつい手がのびるのが健康&美容食品です。近年、 日本でもてはやされている健康・美容ブームも納得という心境。とはいえ、にわか興味であれこれ試したものは、なかなかつづきません。てきめん効果が感じられず、いつも途中で飽きてしまうのです。

 そんなとき思い出すのが、インドネシアのジャワ島に伝わる伝統的治療薬ジャムゥなのです。それは、植物の根や葉、種や枝など数種類もの生薬を調合してつくる薬剤で、健康にいいのはもちろん、美容にもダイエットにも若返りにも産後の母体にも効果があり、はたまた強壮強精にもよいといわれています。たしかにジャムゥは、あのドロッとした色といい、味といい、原料といい、健康&美容に効きそうなのです。ジャムゥが日本の日常にあれば、私だってまいにち飲むのに…。思い出せば思い出すほど、ジャワで出会った1杯のジャムゥが恋しくなります。


 そもそもジャムゥとは、古代インド医学のアーユルヴェダーにルーツをもち、ヒンドゥー思想とともにインドから伝えられ、ジャワ独自の伝統薬に発展したもの。その歴史は古く、8世紀に建てられたといわれる中部ジャワにある世界最大級の仏教遺跡、チャンディ・ボロブドゥールの壁面レリーフにも、ジャムゥを調合している様子が描かれています。代々、王家秘宝の治療薬として伝承され、また民間ではヒンドゥー思想から成る神秘的能力を持った呪医、祈祷師であるドゥクンの間で継承されていたとのこと。さらに一般の民間に伝授されたのは、18世紀の中頃ではとの説があります。そして母から娘へと世襲制で現代まで伝えられたと。

 そんなジャムゥ。ジャワに行きはじめた頃は、ただ単に「どんな味なのか試してみたい」という気持ちであちこち探したものでした。しかし、ジャワにまだ慣れていなかった私は、なかなかジャムゥ売りに会うことができなかったのです。パサール(市場)にも、道端にも、どこにでもいるというのだけれど…。そのことを、東ジャワのマランに留学したときに、ホームステイ先のイブ(お母さん)に話すと、

「ジャムゥならあるわよ」と冷蔵庫の中からさっと出てきたのでした。

 オレンジ色をした液体。これが長年探し求めていたうわさのジャムゥなのですね…。そしてイブも、いっしょにいた娘のララサティも、私がジャムゥ好きの日本人と知るや、いっぺんに目の色が変わり、得意気にジャムゥの話しがはじまったのでした。

「ジャムゥは、たくさんの種類があるのよ。そうね、100種類以上はあるわ。今は錠剤、カプセル状のものもあって、海外にも輸出されているのよ」

 イブもララサティも話しだしたらとまりません。イブはお腹がスマートになるためのジャムゥを愛飲していて、液状のジャムゥは苦くてきらいなので錠剤を飲んでいるといいます。一方、ララサティは液体ジャムゥが大好きで、はちみつと一緒に飲んでいると。また口内炎になったときも一般の薬で全く治らなかったけど、ジャムゥを飲んだらすぐ治ったらしい。そして子どもが生れる前に約1カ月間飲み続ける錠剤もあるなど、ジャムゥの説明が休む間もなく続きました。もう話だけ聞いていると、本当にジャムゥさえ飲んでいれば、どんな病気も治り、さらに若くて美しいスリムな女性でいられそうといった雰囲気。とにかくジャワ人は小さな子どもから大人までジャムゥを飲んでいて、たとえどんなに苦くても健康のため、美しさのためには欠かせないらしいのです。


 私もさっそくジャムゥを試してみることに。ドロッとした液体ジャムゥ。一口飲むと高麗人参ジュースのような味が口の中にひろがりました。ちょっぴりクセのある重い味だけれど、それほど苦手な味ではない。それはブラス・クンチュルとよばれているジャムゥ。さらにイブは味くらべということで2種類のジャムゥを用意してくれました。クニール・マドゥとガリアン・プトゥリ。こちらはブラス・クンチュルより飲みやすい軽い味。そして、

 「これらはジャムゥ・ゲンドンがもってくるのよ」

 と教えてくれました。ジャムゥ・ゲンドンとは、ボトルに詰めた自家製のジャムゥを籠いっぱいに入れ、それを背負って売り歩いている行商のお姉さんのことです。いつもジャワ伝統のサロンをまとっているので風情もなかなか。固定客の家には訪問販売してくれます。

 ところで、このブラス・クンチュルは、あまたあるジャムゥのなかでも健康飲料として最も有名。ブラスは米で、クンチュルは生姜の一種でバンウコンのこと。そして他にも何種類かの生薬が配合されています。咳、腹痛、熱、食欲増進、体力回復、貧血気味の時など全身によい効果があるようです。

 クニール・マドゥ、こちらも健康によく、とくに熱があるときの解熱効果があり、また美容にもよいスグレモノ。肌がスベスベし、また汗ばんだときのデオドラント効果があるらしい。クニールとはターメリック(ウコン)で、マドゥはハチミツのことです。なかなか爽やかな味わいでした。 

 そしてガリアン・プトゥリは「スリムなプリンセス」という意味で、女性の魅力アップ、美容のために飲むジャムゥ。スリムで健康的な体をキープし、さらに美顔にも効果あり。美しく爽やか、きらきら輝くようになるとのこと。ジュルッ・プルッ(コブミカン)などの柑橘類や、チャベ(赤唐辛子)、生姜など、十何種類の生薬を調合してつくられます。いろいろな生薬が入っている割には、さっぱり飲みやすい味です。

 というわけで、念願のジャムゥを一気に3種類味わうことができ、私はやっとジャワ人にお近づきになれたような気持ちになったのでした。そうして、しばらくするとおやっ?お腹が少しあたたかくなってきたような…。やがてポッポとしてきたのです。3種のジャムゥのどれかが、または3種を一度に飲んだせいでしょうか。ジャムゥの効果てきめん、胃腸の働きをかなり活発にしたのでした。


 それからというものは、不思議なもので、インドネシアを訪ねるたびに、街中やショッピングセンター、パサール、道端、家のまわり…といたるところでジャムゥ売りに出会うようになりました。その都度、1000ルピア〜2000ルピア(13円〜26円)を払って、1杯のジャムゥを楽しみます。まずはブラス・クンチュルで元気ハツラツに。そうしているうちに、同じブラス・クンチュルでも、東ジャワ、中部ジャワ、ジャカルタ、またバリ島ではその味わいに違いがあることを発見。ジャムゥの調合が各家代々、母から娘へとそれぞれ口伝されてきたことを改めて自分の舌で知るのでした。また、たまに外国人には無理だろうといわれるほど苦いジャムゥも挑戦してみましたが、そのお味は、なるほど「良薬口に苦し」です。

 こうして私にとって、インドネシアの味のひとつになっていたジャムゥ。今となっては、単なる懐かしの“ジャワの味”ではなく、本気で「健康と美容のために」、あのドロッと苦い液体ジャムゥが飲みたいとの気持ちがふつふつと沸いてきます。錠剤ジャムゥなら日本でも手に入るでしょうが、やはり液体ジャムゥじゃなくてはと思いはつのるばかり。どうやらジャムゥには、一度その味を知ると忘れなくなる魅力があるようです。それこそが、ジャワで1200年以上も愛されつづけてきたゆえんなのかもしれません。  (2008.6.3, 新井容子)
















ジャムゥを入れた籠を背負って行商



























ボロブドゥールの壁画レリーフ。

(上)酒のために病になった人を看病する

 人々。左下の女性がジャムゥを調合して

 いる。(右・拡大)

(下)仏教布教のためにジャワにきた聖職

 者を歓迎する人々。高床式の家のなかに

 ジャムゥをつくっている女性がいる。



 


























 (上)薬局やスーパーなどで購入できる

  粉末、錠剤、カプセル状のジャムゥ

 (下)ジャムゥ専門家の名前が入った看板

































各家庭に行商にくるジャムゥ・ゲンドン













































 



 街中のジャムゥ・スタンドで

 ブラス・クンチュールを一杯






          パサールに並ぶ

         ジャムゥいろいろ













































ジャムゥ発祥の地といわれる

中部ジャワのソロで